999の部屋
65.唯識
掲載日:2025.12.08
最終更新:2025.12.08
先日、会社で勉強会をしていました。社員の人と対話をしている時に以前勉強した「唯識」の事を思い出しました。
唯識とは仏教哲学の一つで
「私たちが現実と思って捉えている世界はすべて心によって成り立っている」という考え方です。
例えば、犬を見たとき
可愛いと感じる人、怖いと感じる人、美味しそうと感じる人・・・人それぞれです。
同じ犬なのに「違って見える」理由はひとり一人の心の働き(識)が違うからというのが唯識の考え方です。だから我々は「ありのままの世界ではなく心が作り出した世界を見ている」心のしくみを理解出来れば、苦しみを理解し、逃れられる。というのが教えです。
では心の働きとは、眼(識)耳(識)鼻(識)舌(識)身(識)と続き、意(識)、末那識、阿頼耶識と続いていきます。(あまりにも簡単な説明なので、偉い人に読まれたら怒られるかも知れませんが、あくまでも私見という事で、捉えてもらえると助かります。)
一番深層の阿頼耶識にはすべての経験や記憶が種子(しゅうじ)として蓄えられていきます。それを現行薫種子(げんぎょうくんしゅうじ)と呼びます。
私自身、仕事をしていて、お客様や従業員と話をすると、よく「判断が違う」と思うことがありました。昔は「なぜ、そんな判断をするのだろう?」と不思議に思っていましたが、この唯識の考え方を少しだけですが、理解したことで、心を乱すことが少なくなりました。もちろん、ここでは非常に柔らかい表現をしていますが、昔は恥ずかしながら腹を立ててしまうことも多々ありました。
改めて、今回の勉強会の中で、すべての人が同じ経験をすることは不可能ですし、同じ世界を見るというのもおかしな話だと思っています。人それぞれが違うからこそ多様な世界を作っていけますし、変化や困難にも立ち向かえるのだと思います。
ただ、どうしてもネガティブに捉える癖が付いている人は、非常に心に悪い種子を植えてしまっていると感じます。不平不満、愚痴、そんな感情が心を支配するよりは、感謝、祈り、願いが心を支配する方が、幸せを感じやすいと思います。良い悪いではなく、幸せな人生を共に送る為にも、私自身もそうですし、周りの人も阿頼耶識には豊かな種子が蓄えられるように気を付けたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。 こんな会社ですが、一緒に仕事がしたいという企業様、働いてみたいという就職活動をしている方は是非ご連絡ください。
島野
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